​「手放そう」

「教師と軍隊にはいるという2つの選択だけは絶対にしたくない」と高校生の時に思ったことを鮮明に覚えています。思い返してみれば、教えること自体は嫌いではなかったけれど、ただ悪い印象を持っていたのだろうと思います。教えるのは難しそうだったし、大変で、心が疲れきってしまうのではないかと思っていました。そして、そう思っていた頃の自分は既に学校でほとんどの人生を過ごしていたし、多くの教師に対して不満も感じていました。とにかく卒業するのが楽しみでしかなかった、とでも言いましょうか。

 

しかし、大学を卒業してみれば、自然と高校時代とは違う自分へと成長していた自分がいました。大学で出会った多くのロールモデルとなるような素晴らしい教授たちのおかげで教育のありがたみを感じるようになっていたのです。

 

大学卒業後は、なんとなく自分の居心地の良い場所にずっといる事に対して少し息詰まりを感じていました。だからそこから出る事を決め、それまでなら絶対にしないと決めていた事をしようと思い日本で

8DDB9A56-EC87-4F04-8C79-E598D1B95505.JPG

ALT(外国語指導助手)になりました。しかし正直なところ、教えることよりも日本に住むという考えの方が私を動かしたのかもしれません。教えるという経験自体が新しい挑戦になると分かっていましたが、それが楽しみで新しい環境へ飛び込んでいったのです。

   

教えるのは大変な仕事ですが、私はすぐにあることに気が付きました。それは物事を難しくしているのは自分自身であるということです。最初は教えることに対して、特に日本ではこうあるべきというステレオタイプに縛られ、毎回の授業について考えすぎたり、細かいところまで気にして、細部に至るまで注意を払った授業を計画していました。無限にワークシートを作ったり、リスニングテストをしたり、前任者のやってきたことと同じことを「しなければならない」と思っていました。最初はそれがつまらなくてたまりませんでした。つまらない授業をしたり、考えすぎたり、計画のしすぎで忙しくしすぎると、あっという間に心は疲弊してしまいます。そうすると負のサイクルに陥るのは簡単です。ストレスをため込み、生徒をコントロールしたり、辛く当たったりする先生は、私が高校生の時にフラストレーションを感じていた先生と同じでした。

 

私は、時間を持て余すことも、忙しすぎることも好きになれませんでした。自分が高校時時代に嫌いだった先生と同じようになるのが嫌だったのです。もっと自分が納得できるもの、自分の心に正直であることを教えたかった。そこで、自分が大事に思う価値観を整理するために不必要な価値観は何かを考えだしました。頭をよぎったのは高校時代に自分が嫌悪していたような厳しすぎたり細かすぎる授業環境のことです。そして 些細なことや自分の思い通りにならないことで生徒に怒りをぶつけていた過去の先生たちのこと。いつもストレスを感じ、クラスをコントロールしていた先生たちのことでした。感情的に冷たく、授業を真剣に受け止めすぎていた先生、時代遅れの愚かな校則に盲目的に従っていた先生、行動ではなく、教師であるということだけで尊敬されるに値するかのように振る舞っていた先生たちです。

 

私はそのようなことを自分が教師として体現したくはありませんでした。過ちを認めず、保守的で、厳格で、冷たく、愛の鞭を使うトカゲのような人間にはなりたくありません。そのような教育は過大評価され、破滅的で、文化的に美化されたものです。私がそこから学んだものと言えば、表現力の欠如、冷酷さ、無意味な権威を尊重することでしかありません。これらのはすべては有害でしかなく、実際に私は、これらの「価値観」をゴミ箱に捨てるために脳を組み替えるのには何年もかかりました。

 

私が尊敬する教師とは、厳しくすることが愛情であるという考えを捨て、居心地がよく、温かく、開放的な教室環境を作ることができる教師です。そして、人と違うことをすることを恐れず、深呼吸をして教室をリラックスさせることができる先生です。私は、怖がらずに率直に話せると感じた先生や、彼らのやり方ではなく私のやり方で学ぶことを許してくれた先生方から、多くのことを学びました。

 

生徒たちには、不必要なプレッシャーやストレスをたくさん押し付けられています。厳格で怖がらせるような制服や服装の決まりから、終わりのない無意味に見えるテストや試験など様々です。もし私たち全員が少しだけペースを落とし、猛烈に邁進するのをやめて、もう少し批判的に考えたらどうかと思うのです。特に「するべきだ」と言われていることや、「こうあるべきだ」と思われている教師像について考えてみてはどうでしょうか。そして、生徒の声に耳を傾ければ、生徒だけでなく、私たち教師だって不必要なストレスや不安から自由になれるのではないかと思っています。

2021年2月 ​ジェイク・モートン